コメッセージ229号   2015年6月号


  先月26日、昨年よりも1日早く、また平年よりも4~5日も早く田植えが終わりました。私が田植えを始めてこのかた、だいたい6月に入るかどうかといったところで、すれすれ5月中に終わることが多かったのですが、そういえば子供達が小さかった頃は5月最終の日曜日に行われる小学校の運動会で田植えを休んだことも何回もありました。
私の子供の頃はなにせ田舎の田園地帯だったが故に農作業優先で、田植えの頃は運動会を控えていたと思うけれども、近年はほんのひとにぎりの農家の都合なんて通用するわけありませんよね。
昔は田植機なんてものはあるはずもなく、多くの人手("でめん"さんと言っていた)でまかなっていたわけですが、我が家にも遠く苫小牧の方から10数人ぐらいのおばさん達が泊まり込みで来ていたし、村の中でも山手の畑作地帯の農家の人たちが来ていたのを覚えています。
でも今から50年ぐらいも前のことで、5km,10km離れたところからどうやって通ってきていたのか.....。
そしてもうひとつ忘れてならないのは、自衛隊の方々です。
訓練の一環なのでしょうか、3~5人ぐらい数日にわたり援農で田植えに来てくれるわけですが、国を挙げての食糧増産時代でもありました。
今じゃ考えられない話ですが、きつい田植えの仕事は彼らにとっては辛く厳しい訓練にも匹敵するほどではなかったかと思われます。
ところで国会はまさにその自衛隊を今までとは違った姿に変えようとする法案の審議が与野党の対立のなかで行われておりますが、憲法9条はそのままにほとんど180度解釈を変えて大幅にその活動領域、並びに内容を変えようということですから、たしかに弁の立つ国会議員さん同士は議論になっているのかもしれません。
しかし大方の一般国民は意味不明、難解な説明(例えば武力行使と武器使用の違い)に困惑するとともに、どちらかと言えば積極的平和主義をかざしている安倍首相率いる与党、政府側が言い方は悪いかもしれませんが詭弁を弄しているといった感じで捉えているのではないかと思います。
戦後70年、こうして大きな岐路に立つ日本ですが、今だ戦没者の慰霊に心砕く天皇陛下は別として、事ここに及んでもまだ国民み〜んな軽〜い.....風に見えてなりません。
70年も戦争することなくやってこれたのだからこれからも大丈夫という平和ボケなのか、自分の子や孫が戦渦に巻き込まれ悲惨な日々を送る姿を想像することもありません。 いずれにしても災害復旧の時の自衛隊員の活躍、私の子供時代の援農に来てくれた姿を思うとき、手にしたスコップや腰に付けた苗ガンガン(田植えのとき苗を入れておく農具)を自動小銃や弾薬装備のベルトに替えて、首相の言うところの「戦闘のリスクのない」海外の戦場に赴くような事態には絶対なって欲しくはありません。

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