コメッセージ245号   2016年10月号 

9月下旬「今年の米はまぁまぁかな...いよいよ刈取りを始めます...今までの見守りに感

謝します...」と仏壇の先祖達にお参り、報告して稲刈りが始まりました。

私は種まき、田植え、稲刈りなど、米作りにとって大事な節目節目の時、手を合わせ報告するよう

にしていますが、この1月に亡くなった母が嬉しそうに仏前に収穫の喜びを伝えている姿が思い返

されます。

家主のいなくなった母屋から仏壇を私たちの家に移して半年あまり経ち、少しずつ「仏様」のある

暮らしを実感している今日この頃ではあります。

 そんなこともあり、今回初めて秋のお彼岸にお寺に行ってお坊さんの講話を聴きましたが、これ

までお寺に行くのは年に1回、お盆の時だけ、しかも父母の付き添い運転手同然だっただけに心の

変わりようは歴然?とまではいかなくとも、普段から宗教だとか信心からは遠い生活を送っていた

ので、一時だけでも自分の宗派の教えはこうなんですよということをお話いただけたのは本当に良

かったと思う。

日中の忙しい時間帯で450名の聴講者中62の私は一番若い方の部類でしたが、隣の御高齢の方

に「あなた若いのにエライですね」と言われたのにはさすがに参りました。

地方の人口減少、超高齢化はお寺の経営、存続の危機につながりますので、私も檀家の端くれとし

て、お寺のことをもう少し考えなくてはならないと思った次第です。

 ところで先月、日ハムがリーグ優勝し1回、2回、3回......8回と栗山監督が宙に舞い

ました。

栗山氏が監督になって2回目のリーグ優勝、ひょっとして野球界の中の名監督として記憶される存

在になるかも知れませんね。

固定観念にとらわれないような選手の起用、大谷という特別な才能に巡り合ったところもあったか

も知れませんが、しかし誰も考えなかった投打の二刀流を方向付けたのは彼ですし、加えて指名打

者制を外してリアル二刀流で臨ませるなんて、今の野球の常識ではないことをやってのけたので

す。

これだけでファンはとてつもない楽しみを味わうことができるようになったのですから、たまらな

いですよね。

もし失敗して若く限りない可能性の芽を摘んでしまったらという相当なプレッシャーもあったと

思うのですが、どのようにしてそれらを回避したのか、あるいは和らげることができたのか。

  栗山監督はその姓から栗山町に招かれ菜園付き住居を構えて、札幌でゲームの時は極力自宅に帰

り、作物の手入れなどに時を費やすといいます。

そうしたことが日々のプレッシャーやストレス軽減になり、そして何かの新発想を得られることに

つながるのかもしれません。

お寺(宗教)は豊かな生き方を説き導いてくれるところですから、コチコチに固まった変われない

常識人!の私に何かいいヒントでもくれるかもしれませんね。     


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