コメッセージ264号   2018年5月号

 

先月の半ば「高嶋さん、会社役員の変更登記が済んで正式に会社の登記簿謄本ができましたから取りに来てくれますか」と司法書士のI氏から電話がありました。

以前からコメッセージ上でも今年は息子、良平に経営移譲しますと申し上げていたところですが、とうとう名実ともに代替わりとなったわけです。

2011年良平が就農してまもなく会社の役員にもなってもらい、私が代表取締役、良平が平(ひら)の取締役と言う形で今まで経営してきたのですが、近年は農作業全般を彼が取り仕切って、私はもっぱらその手伝いという姿になってきていました。

精米、配達はこれからもしばらくの間は私の仕事になりそうですが、経営の主導権は明らかに息子に移ってきていたのです。

 で、今回私は代表権を譲ると同時に役員も辞めることにしました。えっ....どうして取締役として会社役員に残らないのと意外に思われるかも知れませんが、私25,6歳の頃より父が全てを任せてくれたが故、長きにわたって個人事業主の農業者時代を経験することができ地元消費者協会との提携による特別栽培米の生産、アイガモ農法開始、田園交響楽の商標登録、長沼農地取得などを手がけ、さらに法人化が時代の要請となることを見越して会社設立に踏み切ることもできました。

設立後にはすぐに多額の借り入れにより直売所を建設しましたが、会社の立ち上げが200231日(平成14年)で、その時には会社の構成員は私と家内の二人で、家内は社員ということでしたから私だけが役員となっていたため自動的に私が社長となりました。

当時存命だった父母はパートさん的な雇用形態でしたから家庭内はさておき農業の経営だけをとってみるとほぼ一人で何でもかんでも決めてワンマンでやってきたと思います。

大学卒業後就農4年、父から経営を任されて38年(全就農期間42年になります)、自分自身の判断(独断?)で行動してきたということで、家族はどうあれ私には後悔の念はありません。

今、中小企業や町の個人営業の商店、飲食店、製造業者、土木建築屋さんなどの後継者確保問題がずいぶんと話題になっています。

 今まで物づくり日本の製造業を下支えしてきて熟練技術者を多数輩出してきた町工場などは、その技術の伝承に陰りがでてきているとも言われています。

ややもすると営業不振による倒産より後継者難からの廃業が多いというくらいの状況で、地域、地方の経済は地元に働く場があってこそ活性し活力が生まれるわけで、そこそこでの古くからの人々の生活習慣、文化が根底にありますからそれらの維持、継続もかなわなくなりつつあります。

地方創生の声とは裏腹に人口減と経済衰退は確実に歩みを早めているようにも見えますが、だからといってここで中央(東京)からのおこぼれ頂戴的な発想しか出ないのであればなんとも情けのないことではありませんか。

 息子がこれから私の年齢まで社長をやるとすれば34年になりますからこれまでの就農期間7年をあわせると41年になり、前述の私の農業経験、経営期間とほぼ同じ!になります。

先月16期目の決算を終え、4月のちょうど年度替わりのタイミングに合わせ移譲するにあたっては会社設立時と同様、彼を一人役員として社長職を任すことにしたのですが、お世話になっております取引先の皆様には改めてご挨拶申し上げたいと思っております。      

42年と41年.....彼には決して後悔のしないワンマンな経営をして欲しいのです。


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